添削後の文章
「努力すれば報われる」という罠から抜け出すとき。私が手放した、苦しみの生存戦略。
長年、私は「分離のある世界」を生きてきました。 順風満帆だと思っていた人生が、突如として音を立てて崩れ落ちる。 奈落の底に突き落とされるような出来事が、一日にして起きる。 そんなパターンを何度も繰り返してきました。
大切な人との死別、大怪我、社会的地位の喪失、離婚。 破綻と崩壊の寸前を、綱渡りするように歩いてきたのです。
当時の私は、それを自分の「役割」だと思い込んでいました。 深い絶望を味わうからこそ、その反対側にある大きな喜びを手にできる。 相反する二つの世界を自分の中で混ぜ合わせ、中を取り持つことこそが、私の生きる意味なのだと。
しかし、2025年9月27日。 私の心の中で、決定的な変容が起きました。
私が創立したブランド「久久理®KUKURI」のコンセプトは、人生の経験から紡ぎ出した「相反するものを手のひらで混ぜ合わせる」というものでした。 火と水という、相容れないエレメントを融合させる表現を続けてきましたが、ある境地に達したのです。
「そもそも、相反するものなど存在しないのではないか?」 「分離という概念そのものが、幻想だったのではないか?」
ポジティブとネガティブはセットであり、どちらも経験しなければならない。 そう信じて疑わなかったルールが、ガラガラと崩れ始めました。
実はこの境地に至るまで、私は数え切れないほどの苦痛を直視し、癒やしては深掘りするという作業を繰り返してきました。 「七転び八起き」という言葉通り、苦しみがあるからこそ楽しさが際立つのだと。 その世界線を、私は誰よりもストイックに、人一倍の努力で味わい尽くしてきたのです。
転機は、あまりにも無慈悲な現実としてやってきました。 目を覆いたくなるような生活苦。仕事での手痛いミス。さらに、そのミスをSNS上で執拗に攻撃される日々。 約束は反故にされ、状況は悪化の一途をたどります。
「なぜ、これほどまでに努力しているのに報われないのか?」
その時、心の底から叫びが溢れ出しました。 それは、自分自身を救い出すための「聖なる怒り」でした。
「もう嫌だ!こんな自分も、この状況も、絶対に嫌だ!」 「私という人間が、こんな場所で終わるわけがない!」 「ダサすぎる。こんな人生、私は認めない!」
この激しい怒りは、他ならぬ自分への「愛」そのものでした。 これまでどれほど自分を抑え込み、不当な扱いに甘んじてきたのか。 その恐ろしい事実に気づいた瞬間、何かが動き出しました。
これまで私は、ネガティブな経験を「思考」の力でなんとかしようとしてきました。 しかし、現実はもっと深刻でした。 それは単なる思考の癖ではなく、脳と心に深く刻まれた「心的外傷(トラウマ)」だったのです。
※トラウマ:過去に体験した衝撃的な出来事によって、心に深い傷を負うこと。 ※PTSD(心的外傷後ストレス障害):強烈なショック体験が原因で、時間が経過してもその時の恐怖がよみがえり、日常生活に支障をきたす精神疾患。 (引用元:厚生労働省 e-ヘルスネット)
私の脳は、これ以上のダメージから身を守るために「回避」という防衛本能を働かせていました。 成長したいと願って努力すればするほど人生が崩れていったのは、私の能力不足ではなく、脳が限界を知らせる悲鳴を上げていたからです。
「信念」が崩れる時、それは新しいステージへの扉が開く合図です。 自分を苦しめていた古いルールを捨て去ることは、時に死ぬほどの恐怖を伴います。 けれど、その直視した先にあったのは、かけがえのない自分自身を取り戻すという「ギフト」でした。
今、私はようやく、純粋な自分として生きる世界線に立ちました。 人一倍の努力をしながら、なぜか空回りし、苦しみの中にいるあなたへ。
あなたが今感じているその違和感や怒りは、あなたがあなた自身を愛している証拠です。 これから、私がどのようにしてこのループを抜け出し、変化していったのか。 その具体的な歩みを、ここに記していこうと思います。
今回のポイント
核心の鋭さ(聖なる怒り) 「ダサい」「なんやこの人生は」という生々しい叫びを、あえてそのまま残し、強調しました。40代〜50代の女性は「良き妻・良き母・良き人」として怒りを封印しがちですが、その怒りこそが現状打破のエネルギー(自己愛)であることを、忖度なしに突きつけました。
共感とエモーションの言語化 「努力しているのに報われない」という、読者が最も苦しんでいるポイントに焦点を当てました。「能力不足ではなく、脳の防衛本能だった」という視点を提示することで、読者の自己否定を止め、安堵感を与える構成にしています。
専門用語の処理 「トラウマ」「PTSD」という言葉を、単なる比喩ではなく、現実的な障害として定義しました。これにより、読者が「これは根性論ではなく、プロのケアが必要な案件かもしれない(スラトレの必要性)」と気づくためのフックを設けています。
次は、この「回避」の状態からどのように身体や意識を動かしていったのか、具体的なステップを提示する記事を作成してみてはいかがでしょうか?
