分離のない世界 ー相反するモノコトが存在しないということー
長年、私は分離のある世界を過ごしてきました。
たとえ順風満帆だと思った人生であっても、どん!と落胆するほどの大変な出来事が起きる。
一日にして一変するというパターンを、何度も経験してきました。
死別体験、大怪我、社会的地位の下落、離婚、破綻寸前、心身崩壊寸前……。
それらは、いつも何かとセットでした。
つまり、相反するモノゴトの両方を経験し、それを自分自身の中で融合する。
それ自体が自分の役割であり、得意なことのように思っていたのです。
どちらかというと「しないといけないこと」。
まさに、中を取り持つ存在のような感覚でした。
2025年9月27日。
私の心中は、大きく変化します。
これを変容というのでしょうか。
相反するモノゴトを、自己の手のひらで混ぜ合わせる。
これは、私自身が創立したセルフケアブランド
久久理®KUKURI のコンセプトでもあります。
人生経験から紡ぎ出し、淡路島に移住してきた中で生まれた言葉です。
そして、火と水のエレメントを表現した作品を発表しました。
発表後も、私自身の探究の日々は続きました。
約6年後の今、
この境地に至ります。
相反するモノゴト自体、存在しないのではないか?
つまり、分離していない?分離という概念自体が、存在しないのではないか?
感情にはネガティブとポジティブがある。
どちらも経験するものだと、思い込んでいました。
けれど……違うのではないか?
実は、この境地に至るまで、
かなり苦しい経験を直視し、癒やしては深掘りをし、
何度も辛い時期を乗り越えてきました。
どこかで、相反するモノゴトを経験するためには、
この苦しい辛い経験を通り、反転する必要があると
思い込んでいたのです。
*過去の人生は、ずっとそうでしたから。
七転び八起き。
苦痛があるからこそ、楽しさがある。実際、それは正しく、存在もします。
そして私は、その世界線を長年、味わい尽くしてきました。
物語を癒やし続け、根源を探し続け、
気づきを経て感情を反転させる。
人一倍の努力を、重ねてきたのです。
今なお半信半疑ではありますが、
私の心中で起きたことは、
信じて疑わなかった「ルール」の崩壊でした。
それは、固定されていた私自身の概念であり、信念でした。
その信念が崩れるきっかけとなったのは、
想像を超える生活苦、貧困といえる現実。
加えて、仕事での大きな業務ミス、
そのミスを攻撃的にSNS上で表現される日々。
約束事が破られるなど、さまざまな出来事が重なりました。
どんどん苦しくなっていく人生状況。
人一倍努力をしているのに、なぜ?
心の底から、言葉にして叫びました。
適切な怒りが、あふれ出します。
「もう嫌!こんな自分とこの状況は、もう嫌」
「完全におかしいやん。私がこんな訳ないやん」
「誰やと思ってんねん!」
「ダサい!とにかくダッサい」
「なんや、この人生は!?」
その適切な怒りは、
私自身に対しての愛、そのものでした。ようやく本気になったのか、
何かが動き出しました。
どれだけ自分を封じ込めてきたのか。
考えると、恐ろしい状況です。
分離=相反するモノゴトを経験する人生世界線。
統合=純粋そのものである人生世界線。
あえて「統合」という言葉を使いますが、
それは、ネガティブがそもそも存在しない世界
と言ってもいいのかもしれません。
ネガティブは、<思考>に大きく影響を与えてきました。
その思考回路やパターンによって、<感情>が表現されます。
私は、生まれた赤ちゃんのとき、
心理学的に言えば、完全な純粋性をもった存在でした。
そこから、ネガティブな思考や環境下に身を置くことで、
それがいつの間にか当たり前になっていきます。
私が向き合ったのは、
ネガティブな人生で蓄積された辛い記憶や感情。
それらは、日常生活に支障をきたすだけでなく、
社会貢献としての仕事環境、
自分の才能や能力にも影響を及ぼしていました。
それは単なるネガティブ思考ではなく、
専門用語で言う「トラウマ記憶」。
特に、心的外傷性ストレス障害(PTSD)として、
脳や心に深く刻まれていたのです。
私自身の「生きる本能」は、諦めませんでした。
深い心の傷により、脳内の圧迫された部位が生じ、
思考回路が一時的に適切に機能していない時期もありました。
それでも私は、
<回避>という防衛反応によって、
それ以上の攻撃やダメージから身を守ろうとしていたのだと思います。
自己成長をしたいのに、
努力し、頑張るほど崩れていく人生。
一体、何が起きていたのか?
いわゆる<波動>と呼ばれる自分の状態も、
どんどん落ちていくように感じていました。
<信念>が崩れ去ることは、
大きな変化の前触れです。直視することは、時に強い恐れを伴います。
けれど、その先にあったのは、
かけがえのない私自身を、大きく変化させてくれる
ギフトそのものでした。
これからも、
この状態がどのように変化していったのか。
そのために、どのような行動を取ってきたのか。
記録として、残していきます。
今なお、分離や相反するモノゴトに悩みながら、
人一倍努力をし続けている方々へ。
お届けできたらと思います。
ありがとうございました。