久久理®代表・常見智子の歩みには、大きな転換点があります。
それは、「空」で働く仕事から、「土」に近い暮らしへと、人生の軸足を移したこと——。
本記事では、この空から土へのうつろいをたどります。
元JAL客室乗務員という出発点
常見智子のキャリアは、日本航空(JAL)の客室乗務員として始まりました。
客室責任者であるチーフ乗務の経験も積み、機内という空間でお客様の安全と安心を支える日々を送っていました。
JAL破綻という大きな出来事を経験し、その後は京セラ創業者・稲盛氏によるJALフィロソフィーを学ぶ時期も過ごしています。
文字通り「空」の仕事。
日本全国、そして世界各地を飛び回りながら、人の命を守る仕事に従事してきた日々でした。
各地で出逢った薬草文化
客室乗務員として日本各地を訪れる中で、常見智子はあることに気づいていきます。
それは、各地域にそれぞれ素晴らしい薬草文化が根付いている、ということ。
どの地方を訪ねても、そこには長く受け継がれてきた植物とのつきあい方があり、その土地ならではの知恵が息づいていました。
飛行機を降りて街を歩き、土地の食事をいただき、人と話す——。
そうした体験の積み重ねが、やがて「もっと土に近い場所で、植物と向き合って暮らしたい」という思いを育てていきます。
インテリア業界での経験
空から降りた後、常見智子は株式会社アクタスに入社し、インテリア家具・雑貨の販売の世界に入りました。
入社半年で店舗売上トップを記録し、第2回アクタス接客甲子園の本線大会・小物雑貨部門で準優勝という実績を残しています。
その後、北欧雑貨商社イーオクト株式会社へと転じ、国内外の物流やブランド戦略を一から学びました。
北欧という「環境先進国」の文化に触れる経験は、後の久久理®における持続可能性への視点を育てる土壌となっていきます。
北欧名作ソファーKLIPPANのフェア企画、新作ブランケットの共同開発、販促企画部の発足——。
接客からマーケティング、商品開発までを手がけた日々は、「ひとつのブランドをつくる」ことの全体像を学ばせてくれました。
「土」への回帰と、淡路島
独立と久久理®の構想が具体化していく中で、常見智子はさらに「土」へと近づいていきます。
2019年、オリジナルブランド「久久理KUKURI」を設立。
翌2020年、拠点を淡路島へと移しました。
「空」から「土」へ——。
そのうつろいは、単なる住まいの変化ではなく、自分が何と共に生きていきたいかという選択でした。
現在は、淡路島を拠点に、植物と向き合いながらプロダクトをつくり、日々の暮らしを営んでいます。
おわりに
「空」も「土」も、どちらも大切な時間でした。
広い世界を飛び回った日々があったからこそ、淡路島の土の豊かさが深く分かる。
土に根を下ろした今だからこそ、空から俯瞰するまなざしを活かすことができる。
空から土へ——。
そのうつろいの両方が、今の久久理®の厚みを支えています。