EQUALAND SHIBUYAでのキュレーション時、インタビュー形式のQ&Aの中で、代表・常見智子はひとつの言葉を残しました。
何者になるのではなく、自分を生きる。
短いながら、その後の久久理®およびTOMO個人の活動すべてを貫く指針となった言葉です。
本記事では、このコピーに込められた哲学をご紹介します。
EQUALANDで語られた言葉
この言葉は、EQUALAND SHIBUYAのブランド紹介ページに掲載されたQ&Aの中で語られました。
「あなたが大切にしていることはなんですか?」という問いに対して、常見智子が返した答えの一節。
続けて、「わたしを構成する『身体・こころ・スピリット』のCAREや声を大切にすること」「今・いま・今を味わい尽くす」という言葉が添えられています。
短い回答の中に、久久理®代表としての生き方の核が滲み出していました。
肩書きを追う、ということへの違和感
現代社会では、「何者かである」ことが、しばしば価値の基準になります。
どんな役職に就いているか、どれだけの成果を上げたか、どんなタイトルを持っているか——。
そうした肩書きは、たしかに社会の中で機能します。
しかし、肩書きだけを追いかけていくと、いつの間にか、自分そのものを見失ってしまうことがあります。
「何者か」になったつもりでいて、実は「自分」からは遠ざかっていた——。
そんな違和感を、常見智子はこの言葉で手放そうとしていました。
「自分を生きる」というシンプルさ
「自分を生きる」とは、派手な宣言ではありません。
朝起きて、身体の声を聴く。
自分が何に心を動かされ、何にざらつきを覚えるのか、ていねいに感じる。
他人の期待ではなく、自分自身の内側から立ち上がる動きを、少しずつ大切にしていく。
その小さな積み重ねこそが、「自分を生きる」という営みです。
久久理®のプロダクトも、その支えのひとつとして設計されています。
手のひらに受けたオイルや水を肌に馴染ませるひとときは、「自分に戻る」時間そのものです。
現在の活動の背骨として
2026年現在、常見智子は久久理®代表としての活動に加え、スラトレ®認定トレーナーとしても活躍しています。
役割や活動の幅が広がる中でも、「何者になるのではなく、自分を生きる」という軸は変わりません。
むしろ、複数の活動をつないでいる根っこにあるのは、この一行の哲学です。
肩書きに寄りかからず、そのときどきの自分が大切にしたいものと向き合いながら、歩みを進めていく——。
その姿勢そのものが、久久理®というブランドの背骨でもあります。
おわりに
「何者になるのではなく、自分を生きる」——。
この言葉は、誰かに強く勧めるための標語ではありません。
それでも、もし誰かが、肩書きや役割の重さに少し疲れたとき——。
ふと思い出して、自分自身のもとへ戻るための小さな合図になれば、と願っています。